同棲が始まった。
付き合い始めてから、まだ1ヶ月ほどしか経っていない。
今まで1人で暮らしていた生活に、もう1人がいる。
「これから2人で生活していくのか」
そんな感覚はあった。
ただ、実際に生活が始まってみると、大きく何かが変わったわけではなかった。
いつの間にか、2人でいることが普通になっていった。
同棲が始まっても、生活は大きく変わらなかった
同棲を始めたからといって、毎日の生活が急に変わったわけではない。
一緒にご飯を食べたり、家で話したり。
休日に出かけるときも、自然と隣にいる。
そんな生活が少しずつ続いていった。
2人で暮らすことが当たり前になるのも、結構早かったと思う。
もちろん、それまで1人だった時間は減った。
でも、それ以外に自分自身が大きく変わったという感覚はなかった。
むしろ、気づいたら2人で生活している。
そんな感じだった。
少しずつ、2人の生活を作っていった
一緒に暮らし始めた後も、相手の家に残っている荷物は少しずつ運んでいった。
いつまでに相手の家を引き払うのかを考えて、不要になった大型家電も処分した。
電気やガス、水道を止める必要もあった。
その後も、そういう現実的なことを少しずつ片付けていった。
家事についても、お互いが得意なことをやっていた。
どちらか一方が全部やるというより、それぞれできることをやる。
そんな感じだった。
相手の家を完全に引き払ったときには、
「やっと片付いたな」
と思った。
大きな出来事というより、ようやく一区切りついたという感覚だった。
一緒に暮らしてみても、大きな違和感はなかった
実際に一緒に暮らしてみても、大きな違和感はなかった。
お金の使い方についても、価値観は似ていたと思う。
相手は、自分がいないと人生に困ると思うくらい、自分を必要としてくれていた。
それを感じていたから、自分もその気持ちにはできるだけ応えてあげたいと思っていた。
そうやって生活しているうちに、2人でいることが自然になっていった。
それでも、小さな喧嘩はする
もちろん、喧嘩がなかったわけではない。
一緒に暮らしていれば、嫌なことや気になることもある。
小さな喧嘩をすることもあった。
それは今でも変わらない。
ただ、今回の関係では、喧嘩をしないことを目指していたわけではなかった。
嫌なことがあれば、それをちゃんと伝える。
気になることがあれば、話をする。
自分が悪ければ謝る。
相手が悪いときも、お互いにちゃんと謝る。
そういうことを大切にしていた。
嫌なことは、ちゃんと話す
嫌なことを伝えるときには、
「あなたが悪い」
と一方的に決めつけるのではなく、
「自分はこう感じた」
という形で話す。
そのうえで、
「こうしてほしい」
とお願いする。
もちろん、こちらの希望を全部聞いてもらえるわけではない。
相手にも相手の考えがある。
だから、どちらか一方だけが合わせるのではなく、2人で話して妥協点を探す。
そして、どちらかが無理をしていないかも考える。
嫌なことを伝えること自体は、悪いことではないと思っていた。
何も言わずに我慢して、不満を溜めてしまうほうが良くない。
だから、嫌なことがあれば話す。
話して、お互いに考える。
必要なら謝る。
そして、また普通に戻る。
自分たちは、そういうことを繰り返していた。
喧嘩しても、別れることとは切り離していた
自分には、以前の結婚生活で、ちゃんと話ができなかった経験がある。
相手と話をしないまま、自分の中で決めつけてしまう。
そういうことが、以前の離婚の一因にもなった。
だから、今回の関係では、最初から「ちゃんと話をする」ということを大切にしていた。
嫌なことがあれば伝える。
相手の話も聞く。
一方的に決めつけない。
そして、喧嘩したからといって、それを「別れる」という話にはしない。
喧嘩と別れることは、別の話だからだ。
そう考えていたから、嫌なことも本音で話すことができた。
どちらが正しいのかを決めるために話すわけでもない。
相手に勝つためでもない。
どうしたら、2人にとっていい環境になるのか。
それを考えるために話をする。
2回目の同棲生活では、そんなことを大切にしていた。
嫌なことがあれば話す。
お互いの話を聞く。
必要なら謝る。
そうやって、自分たちなりに2人の生活を続けていった。


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